憂鬱漂流記

出版社に勤める社会人です。憂鬱な私の記録をここに記します。

起きた後の憂鬱

起きた。

久々に気持ちの良い一日、とは行かなかった。

だが、まだ今日は良かった。

今は昼すぎ、日曜はいつも通り、NHKBSのMLBチャンネルを見ながら、

家でだらだらするのがきまり。

幸いにも、今日はヒューストン・アストロズシアトル・マリナーズの試合。

先発がジャスティン・バーランダーVSフェリックス・ヘルナンデス。

これだけでも十分だった。

僕はダラダラとライブを見ながら、何をするでもない。

ちょうど昨日は、地元の友人と集まって、酒盛りをしていた。

みんな変わらなかった。(ように見えた。)いつものようにふるまっている僕だが、

内心、怖かった。みんながしっかりと社会人をしているということに。

俺だけ取り残されているような感覚が、全身から行き場なく、僕の内に留まる。

まあそんなことは存外たいしたことでもないのかもしれない。

そんな二次会はカラオケ。みんなしっかり帰ろうということで、

終電で同じ方向の友人と帰る。

そいつは昔はやんちゃをしていたが、ハメは外すが、弁え、冷静で、

将来のこともちゃんと考えていた。

さすが、人望というかこの酒盛りの会を企画した本人でもあるが、

彼ほどしっかりと自分に向き合っている人間がどれほどいるのだろうか。

僕は感心してしまう。

まあ、づらづらと書いてきたものの、いわば普通の友人との飲み会なのである。

ただ、少し僕にも影響があった。

それは今の会社、生活を脱し、フリーでやろうと思う決心が少しだけついたことだ。

いつまでも、不平不満をいっているわけにはいかない。

自分がそう思ったなら、そうやるだけの努力、そこに向かうための意志を出さなくてはならない。

俺は人生は自由だと思っている。大真面目にだ。

公共とは相いれないものがあるかもしれない、

ただ自分の人生は後悔なく、決めていきたい。

お金という部分では確かに困っている自分がいる。

この世界は何をするにしても、金が必要なのだ。

逆に、金さえあればなんでもできる。誰もが金を欲しい。

だからこそ、みな安定(にみえる)を重視し、会社にはいる。

だが、俺は人間的に会社ではやっていけないことが分かった。

(というよりも、団体で何かをやるということが無理だ。)

そこに苦痛を感じるのであれば、自分で何かをやるしかないではないか。

さて、こうしていてもしようがない。

午後からは喫茶店で読書とライトをしよう。

 

少しだけ人生を変えるために。